パンデサル

1992年の2月にはじめての海外旅行に行った。知り合いの関係で行ったから、初の海外でいきなり普通の家庭に泊めてもらうという幸運に恵まれた。マニラに入った夜はちょうど革命記念日だとかで大渋滞、市街を迂回してケソンシティに向かった。翌朝、パンを焼くイイ香りがするので目が覚めた。連れはまだ寝ていたから、自分だけで初の英会話。メイドのロレーンさんとそれこそドキドキしながら手さぐりで会話したのを覚えている。みんなより先に焼きたてのパンをつまみ食いさせてもらったうえに、コーヒーまでご馳走になってしまった。ロレーンさんは『ティナパイ』と言っていたが、これは『パンデサル』というもので、とにかくとてもおいしい素朴なパンだった。後でわかったことだが、この家の住人は、住宅街の入り口に警備員が常駐していることからもわりと裕福な家庭だったようで、だから一般家庭がそうなのかはわからないが、朝食はこの香りのもとだったパンデサルを大きなオーブンで焼いていた。そして揚げるように炒めた目玉焼き、シニガンスープというフィリピン版味噌汁、コーヒーにデザートのマンゴーというフィリピン初級コースとしては最適のメニューだったようだ。このロレーンさんは料理がとても下手だったみたいで、シニガンスープは正直いただけなかったが、パンデサルとジャイアントマンゴーは最高だった。以来、アジア各地でおいしいものをたくさん食べたが、このパンデサルはもっとも好きなもののひとつになった。